〜安部公房

『壁』を読んだ。
第一部 S・カルマ氏の犯罪
第二部 バベルの塔の狸
第三部 赤い繭;赤い繭、洪水、 魔法のチョーク、事業
ちなみに芥川賞を受賞したのは、『壁 ― S・カルマ氏の犯罪』。

全編に共通するのが「壁」というキーワードなのだけれども、どの物語も人間の本質を問うていて、さながら哲学書のよう。
しかし、けして難しいわけではなく、ユーモアがあって楽しい。いやあ、安部公房は面白いね。
壁とはすなわち何かと何かの境界となるものであるが、この作品では壁が様々な形で現れる。
名前を失った男が現社会で存在できなくなり、ついには自らが成長し続ける壁(境界でありどこにも属さず終わりもない、世界の果)になってしまったり、透明人間になってしまった男が部屋の壁をまるで自分の体の境界のように感じたり、自分の体がいとも簡単に繭(これも壁)に代用されてしまったり、狸に「壁を抜けるにはシュールレアリスムによらなければならない」とか言われたり…。
他にも色々な壁が出てくるのだけれども、「人間の身体とは何か?意識とは何か?」という問いに立向かう著者の姿が伺える。
養老孟司と同じく東大医学部卒だけれども、本当に優秀な医者というのは、同時に哲学者でもあるのではないでしょうかね。

さて、本作品は、村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』にかなり影響を与えていると思う。
『S・カルマ氏の犯罪』に、 〜胸に世界の果てをもつものは  世界の果てに行かなきゃならぬ〜 という歌が出てくるけれども、これでピンと来ちゃう人、居ますよね。
特に『バベルの塔の狸』は、空想の中で作り上げた世界に自らが行くという点、そのときに影を失うという点、目を焼かれるという点、獣が記憶を吸収する点など、そっくりではないか。村上春樹ファンは読んでみるべし。

壁 (新潮文庫)

壁 (新潮文庫)